増田英雄さん

昭和16年12月3日生まれ77歳。
東京都武蔵小山生まれ。3歳の時に家具職人だった父の転職で長崎県松浦市に引っ越す。炭鉱で働く父の背中を見ながら暮らす。柔道を始めた増田少年は部活に打ち込む毎日だった。

16歳の時、炭鉱の景気が下火になり鶴見区にある親戚を頼りに上京。工場を作る仕事やガラス会社で働く。
溶接等の資格を取得、21歳の時に結婚。遊園地の遊具を作る会社に就職し綱島へ来る。
多摩川園・よみうりランド・花やしき・向ヶ丘遊園・船橋ヘルスセンター・後楽園・サマーランドなどの遊具を担当。国内外に年単位での出張をこなしてきた。
遊具の検査士の資格も取得。遊具の清掃やメンテナンス企画などにも携わってきた。

それからは仕事漬けの毎日。その時、実弟から豆腐製造機械を作らないかとの話があった。
増田さんが手がけた機械は、原料を入れると多くの工程をこなし、豆乳を固めて用途別に豆腐製品を作り上げる。この機械は大当たりし会社も急成長した。65歳までこの会社で働き定年を迎える。
定年後、健康のために鶴見川等の土手を1日8キロも歩いていた時にウォーキング仲間が「樽町地域ケアプラザで行われているイベントに参加しないか」と誘ってくれた。

今は子育て支援拠点のどろっぷサテライト綱島(*1)で毎週水曜に子ども達と接するボランティアをしている。
子供たちと接していると何より癒される、そして「自分が和んでいくのが分かるんだよね」と増田さん。
「じいちゃん・じいじ」と可愛らしい声で言われると自分の子どもや孫よりも断然に可愛いそうだ。なかには、お母さんのおなかの中から知っている子どもたちもいる。

これからの高齢者の方にアドバイスを、とお願いすると「何より外出して、地域の人に一声かけることだね」また、「つながりがあって、自然と話すことで、とても有意義な時間になるよ」と優しい声で話す。
「頼まれたらすぐにやることだね、人間どうしても後回しにしようとするからさ」とも話してくれた。
今の夢を聞いてみると「一人暮らしで時間を持て余している人や、誰とも話し相手がいない人などが、少しでも気持ちを楽にするために集まれる場所づくりを進めたい」と熱い想いを語ってくれた。

幸せですか、ときくと「時間に縛られることなく好きなことができるから幸せです」と語る。本当のおじいちゃん以上に子どもを優しく見つめる増田さんは輝くプラチナ世代だ。

(*1)増田さんのボランティア活動をどろっぷサテライトひろばスタッフの下里礼子さんに伺いました。
「穏やかな笑顔で親子を見守る増田さん。ママたちからは『赤ちゃんを抱っこして!』と、第三のジィジとして頼られています。家具やおもちゃの補修では大工仕事の腕を発揮してくださり、まさに縁の下の力持ち的存在となっています」と大人気ですね。

定年後だからこそできる地域への貢献、特に子育て支援拠点でのボランティアに興味ある方はぜひお電話を。☎(633)1078まで

戻る

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。