今月の表紙は安齋廣太郎さん 92歳

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今月の表紙は安齋廣太郎さん 92歳

昭和2年10月18日生まれ92歳

安齋さんの大切にしている言葉

人間、辛抱だ


カクマン酒店 営業時間 9時〜20時 定休日 木曜日 ☎045ー471ー5291 港北区小机町222-1 長男の幸男さんと撮影


川崎大師の参道にある白酒・奈良漬で人気の店「いけばた」の番頭の息子として生まれる。

姉2人と弟2人の5人兄弟の長男。

子供の頃は川崎大師公園の50メートルプールに夏になると毎日定期券で通うほどの水泳好き。

真っ黒に日焼けし、当時のあだなは「くろちゃん」

大師小学校、堀之内高等小学校を出て池貝自動車と言う会社で戦車の部品を作っていた。

昭和20年4月15日川崎大空襲を体験。

川崎大師の山門に爆弾が落ちて燃え広がる姿を見た。

その瞬間にすぐに育ての母と弟2人をリヤカーに乗せて何とか防空壕までたどり着く。

翌朝5時、もう店はなくなっており、かろうじて奈良漬用の塩がお店であった証に。 その日のうちに綱島西にある母方の実家に向かった。

疎開するお隣さんの荷物をリヤカーに乗せ自転車でタンスを一張、淵野辺まで運んだことも思い出。

高崎や八王子・御殿場まで仕入れに行き生活費を工面する毎日。

戦後、産業道路駅前で惣菜乾物食料品店「安齋商店」を始めた。

こちらはきんとん・栗きんとん・天ぷら何でも扱うお店。

それこそ必死で仕事をこなし、何とかお店を続けることが出来た。

昭和30年4歳下のスズさん(新羽町)と結婚。 3人の子供を授かる。 

昭和44年5月1日、42歳の時小机町にてカクマン酒店を開業。小机は生母の実家(川向町)もあり縁がある町。

カクマンの名前の由来は川崎大師の白酒屋いけばたの時に一緒に頑張ったうどん屋。その名前をもらって開業した。

小机に来て店のことも誰も知らない時、朝早く起きて市場に仕入れに行き、その足で慌てて帰り品物を店に置く。 そのまま午前中は御用聞き、午後は配達とお店と、毎日朝早くから夜遅くまで働いた。

地域の人に店を知ってもらおうとお惣菜を作って味わってもらったりと、それこそ休む間もない。

ビールケースを2つ、一升瓶を10本箱もへっちゃらでマンション・団地の階段を駆け上がってきた。

息子さんが大学を出るその年まで、死に物狂いで働いた。そして世代交代。 

今でも店の2階に住み、朝ご飯は6時に起きて自分で拵える。

妻は平成26年に病気で他界。 今は幸せですかと訊くと「最高に幸せだ」と強い言葉で答えてくれる。「自由に暮らしをさせてもらっているからね」とにっこり微笑んだ。

若い人へのアドバイスをお願いすると「高等小学校しか出てないから難しいことはわからないよ、でも、あんまり深く考えないで思ったとおりに生きてるよ」と語る。

毎日の楽しみは晩酌。お酒を1合いただく。

酒は売るほどあるからね、とやさしい笑顔で答えてくれた。